大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1295号 判決 1969年7月17日
控訴人
株式会社兵庫相互銀行
代理人
中村友一
被控訴人
内外エンジニアリング株式会社
被控訴人
株式会社中山製鋼所
代理人
西昭
寺崎健作
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における新たな請求にもとづき、被控訴人中山製鋼所は、控訴人に対し、金二七八万二、四五八円およびこれに対する昭和四二年四月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
本判決第二項は、控訴人において金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一控訴人の従前の各請求について
控訴人の当審における不法行為にもとづく損害賠償の新たな請求はしばらくおいて、その余の従前の各請求についてまず判断する。
被控訴人中山製鋼所は、同被控訴人に対する控訴人の従前の各請求は不適法な訴えであると主張するけれども、右は、控訴人と被控訴人両名の三者間の債権質に類似した無名契約にもとづく履行請求ないしはその履行に代わる損害賠償請求にほかならず、該請求権を訴えをもつて行使することは、訴訟法上は少しも妨げないから、右本案前の抗弁は採用できない。そこで、本案につき判断する。
被控訴人中山製鋼所が被控訴人内外エンジニアリングに対して契約番号DNo.二三一帯鋼連続電気亜鉛メッキおよび燐酸塩処理装置一式代金のうち五〇〇万円を昭和四一年二月二五日に支払うことになつていたところ、右代金の受領については同被控訴人が控訴人に代理受領の権限を与えたから承諾されたい旨の右両名連署に係る代理受領依頼書(甲第一号証)に被控訴人中山製鋼所が同月三日承諾の趣旨で記名押印したこと、右書面には代理受領の委任は控訴人および被控訴人内外エンジニアリングの双方が同意しなければ解除または変更できない旨の特約があること、等の控訴人主張事実は、被控訴人中山製鋼所の認めるところであり、被控訴人内外エンジニアリングとの間においても、<証拠>によつて、右事実を認定することができる。そして、甲第四号証によれば、被控訴人内外エンジニアリングは、右二月三日控訴人の梅田支店から融資を受け、その根担保として右代金受領を控訴人に委任したことが認められる。以上の各認定を動かすべき証拠はない。
ところで、右のような代理受領は、実質的には債権担保の手段であり、権利質に近い機能を営むけれども、受任者の権利行使は、あくまでも委任者の代理人としての資格におけるものであり、受任者自身に属する代金債権の行使でないこともちろんである。そうすると、代金債務者である被控訴人中山製鋼所が、右代理受領を承諾したことによつて、控訴人に対し、直接に契約上の積極的な履行義務を負担するものと解することは、不可能である。このことは、代理受領の委任を解除または変更できない旨の特約があつても、異なるところがない。
控訴人の前記従前の各請求は、被控訴人中山製鋼所に積極的な契約上の履行義務のあることを前提とするものであるから、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がない。
二控訴人の新たな請求について
そこで進んで、控訴人の当審における新たな請求について判断する。
本件の代理受領においては、委任者被控訴人内外エンジニアリングと受任者控訴人との間で双方が同意しなければ、代金の代理受領の委任を解除または変更できない旨の特約があり、この特約の存する前記代理受領依頼書に被控訴人中山製鋼所が承諾の趣旨で記名押印したことは、すでに説示したとおりである。
ところで、民法第六五一条第一項との関連において、右のように委任の解除権を制限する特約がはたして有効であるか多少問題があるので、その効力を検討しておく。右特約は、当事者とくに受任者に対し、その同意なくしては代金の代理受領の権限を奪われることのない利益を与えるものではあるが、委任者が直接に代金を取り立てた場合にその弁済まで無効ならしめるものとは解されない。この場合でも弁済によつて代金債権は消滅し、その結果、受任者の有する右の利益が害されることになる。しかし、まさにそのことによつて委任者は、特約違反を理由として、受任者に生じた損害を賠償すべき責任を負担するのである。このような効果を伴うものとして右特約は当事者間において有効であり、ことに本件のように債権担保の目的でされた場合においては、なおさら、その効力を否定すべき理由を見出すことができない。
問題は、第三者である被控訴人中山製鋼所に対し右特約がどのような効果を及ぼすか、という点である。前示のように同被控訴人は右特約付の代理受領を承諾しているのであるが、これは、単に代理受領を承認するにとどまらず、控訴人がその同意なくしては奪われることのない代理受領の権限を有することを承認し、正当の理由なしには控訴人の右の利益を侵害しないという趣旨をも当然包含するものと解するのを相当とする。原審証人海津栄太郎および岡田谷成男の各証言中には、これと異なる意見を述べている部分があるけれども、右は採用できず、ほかには当裁判所の右の解釈を動かすべき事情を認めるに足りる証拠はない。したがつて、右承諾の趣旨に反し、同被控訴人が控訴人の利益を侵害したときは、不法行為が成立し、損害賠償の責めを免れないことになる。ことに、右特約付の代理受領を承諾しながら、被控訴人内外エンジニアリングに代金を直接支払うことは、前述の同被控訴人の特約違反に加担する所為にも該当し、不法行為の成立は、きわめてはつきりしている。
そこで、右特約付の代理受領を承諾した被控訴人中山製鋼所において、控訴人の右の利益を侵害する所為があつたかどうか、について考察するに、成立に争いのない甲第三号証の一、二ならびに前記証人海津および岡田谷の各証言によれば、同被控訴人は、本件代理受領の目的である昭和四一年二月二五日に支払うべき五〇〇万円の代金を同月二一日と二六日の二回に分けて被控訴人内外エンジニアリングに直接支払つていることが認められる。これにつき、被控訴人中山製鋼所は、集金にきた被控訴人内外エンジニアリングの社員から控訴人の係員が同行している旨主張し、<証拠>によれば、本件の代理受領の方法として控訴人が同道して代金を受け取りに来ることになつていたことを、また、<証拠>によれば、集金にきた被控訴人内外エンジニアリングの社員が控訴人の銀行員を被控訴人中山製鋼所の正門受付に待たせている旨告げたことを、それぞれ認めることができる。しかしながら、同被控訴人においてその正門受付に待つているという人物に直接会つて確かめたことを認めるに足りる証拠はなく、これを確認することは一挙手一投足の労にすぎないから、右五〇〇万円を被控訴人内外エンジニアリングに直接支払つたことは、この確認の労を惜しみ同被控訴人の言を軽信してされたものというほかはない。したがつて、右五〇〇万円の支払については、被控訴人中山製鋼所に正当の理由ありとすることができない。
もつとも、<証拠>によれば、右五〇〇万円が被控訴人内外エンジニアリングに直接支払われた時点においては、いつたん同被控訴人に融資していた貸金を回収していたことが認められ、したがつて、事態がそのまま進行するかぎりは、控訴人側には少しも損害が生ぜず、被控訴人中山製鋼所の不法行為は成立しなかつたわけである。しかしながら、同被控訴人は、そのつぎの段階で、ついに取返しのつかないあやまちを犯してしまつた。すなわち、<証拠>を総合すると、控訴人は、被控訴人内外エンジニアリングから再度の融資申込みを受けたので、前記一で認定したように本件の代理受領が根担保であるところから、右申込みに応じようとし、その前に昭和四一年三月一〇日被控訴人中山製鋼所に対し、「検収はどうなつているか、代金の支払はどうなつているか」と電話で照会したところ、同被控訴人の海津経理課長は、「近く検収を終えそのうえで代金を支払う」旨回答したことが認められる。ところが同被控訴人としては、同年二月二五日に支払うべき代金五〇〇万円について控訴人の代理受領を承諾しているのであるから、控訴人から照会を受けた代金というのはこの五〇〇万円を意味するものと認められ、これは前認定のようにすでに支払を了しているのであり、したがつて、その旨回答しなければならなかつたわけである。にもかかわらず、右のように代金の支払がまだであるという趣旨の返事をしたことは、なんとしても、軽率のそしりを免れることができない(ちなみに、右各証拠によれば、右五〇〇万円の弁済後もなお残代金のあつたことが認められる)。つぎに、<証拠>によれば、控訴人では右被控訴人の回答を得たので、即日被控訴人内外エンジニアリングに三〇〇万円の融資をしたこと、間もなく同被控訴人は倒産し社長も所在不明となり右融資の回収が不能となつたこと、および、本件の代理受領が控訴人のための唯一の担保であつたこと、等の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。
そして右唯一の担保たる代理受領に係る五〇〇万円の代金債務は、被控訴人中山製鋼所が控訴人をさしおいて正当の理由なく直接弁済したため消滅に帰し、しかも控訴人からの照会に対し右債務消滅を告げず逆に反対の趣旨の回答をしたため控訴人において回収不能の融資を実行したのであるから、右の二つの原因があいまつて、控訴人をして融資の回収不能による損害を被らしめたものということができる。そして、その同意なくしては代理受領の権限を奪われないという控訴人の利益を右被控訴人が承諾していることは前示のとおりであり、同被控訴人は、控訴人の右利益を害しないようつとめるべき義務があるところ、右のように控訴人をして融資の回収不能による損害を被らしめたことは、同被控訴人の右の義務に違反する不法行為というほかはない。
したがつて、同被控訴人は控訴人に対し損害賠償の責めに任ずべきところ、その額について考えるに、以上に説示した事実関係のもとでは、回収不能となつた融資額と同額の三〇〇万円が控訴人に生ずべき通常の損害であると認めるのが相当であり、この認定を動かすべき証拠はない。
よつて、同被控訴人に対し、右損害額のうち二、七八二、四五八円およびこれに対する不法行為成立の後である昭和四二年四月二六日以後完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の当審における新たな請求は、全部正当である。
三むすび
以上のとおりであつて、原判決中、被控訴人中山製鋼所の契約上の履行義務を根拠とする控訴人の従前の各請求を棄却した部分は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、同被控訴人に対し不法行為による損害賠償および遅延利息を求める控訴人の当審における新たな請求を認容し、訴訟費用については事案にかんがみ第一、二審とも被控訴人らの負担とし、仮執行の宣言につき民事訴訟法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(井関照夫 藪田康雄 賀集唱)